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京都地方裁判所 昭和38年(タ)48号 判決

原告 甲野花子(仮名)

右訴訟代理人弁護士 奥村文輔

京都地方検察庁検事正

被告 岡原昌男

主文

原告と亡甲野二郎間の昭和二二年七月二四日届出にかかる婚姻は無効とする。

原告と亡甲野二郎間の京都家庭裁判所昭和二三年家第一五一号家事調停事件に於て昭和二四年三月一八日成立した調停離婚の無効であることを確認する。

訴訟費用は国庫の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

「一、原告は昭和一八年六月七日甲野太郎と婚姻したところ同人は昭和二〇年六月九日名古屋市熱田区五丁目五五〇番地愛知時計株式会社に勤務中空爆を受けて死亡した。

二、その後原告は亡夫太郎の弟にあたる訴外甲野二郎と結婚することを迫られ、已むなく、昭和二二年五月二九日結婚式を挙げさせられ一時同人方に落付いたが、訴外二郎とは夫婦関係を結ぶに至らないで同年六月一七日には右二郎方を立去り太郎との間に出生した三郎を扶養し、愛知県庁に勤務し今日に及んでいる。

三、然るに原告の不知の間に昭和二二年七月二四日付を以て原告と二郎との婚姻届並びに同月二三日付を以て三郎二郎間の養子縁組届が京都市右京区長に提出受理されていることを同年八月一八日に至り発見し、同二三年四月一九日名古屋家事審判所に原告は婚姻無効、訴外三郎は養子縁組無効の調停を申立て、右事件は同年六月一日京都家事審判所に移送され右両事件併合の上調停に付された結果同二四年三月一八日養子縁組については無効等、婚姻については調停離婚を内容とする調停が成立した。

四、ところで元来原告は婚姻無効の調停を求めたものであり、一方的になされた婚姻届出の効果を有効と認めた上離婚すると云うが如き意思は毛頭なかつたが、調停委員から結婚式を挙げ同じ家で暮した以上婚姻無効を主張しても納得し難いし、離婚も婚姻無効もその効果は同一に等しいからと説得され、戸籍上の関係から早く離脱することを念願していたため、之に同意したもので法律行為の要素に錯誤があつたものであり右調停による離婚は無効である。

五、そして甲野二郎は昭和三五年五月一七日死亡したので原告は検察官を被告として婚姻無効と調停離婚の確認を求める。

六、尚本訴は婚姻無効と調停離婚無効確認を求めるものであるが人事訴訟法第七条第二項が婚姻無効の訴についてはその訴の原因である事実より生じた原状回復を本質とする損害賠償請求を認めた法意からすると、婚姻の無効を認容する場合、戸籍上離婚の届出を抹消するための調停離婚無効確認の訴を併合することができるものと解せられる。」と述べ、

証拠として≪省略≫

被告は適法な呼出を受けながら本件各口頭弁論期日に出頭しないが陳述したものと看做れる答弁書には「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求める。答弁として

一、原告の主張事実は全て知らない。

二、仮りに原告主張の事実があつたとしても

(一) 原告主張の如く離婚調停が成立した以上之は確定判決と同一の効力を有するものであり法的安定の上から法律の不知に基く錯誤を理由に調停の無効を主張することは許されない。

(二) 仮りに調停に関し錯誤による無効の主張が許されるとしても同一調停手続で三郎と二郎との養子縁組について之を無効とする旨の調停が成立していることよりすると離婚と婚姻無効の法律効果を同一のものと錯覚した旨の主張は措信し難い。」との記載がある。

理由

一、≪証拠省略≫によれば、

原告と訴外甲野太郎は昭和一八年六月七日婚姻したところ同人は同二〇年六月九日死亡したこと、原告と右甲野太郎の弟二郎との婚姻の届出が同二二年七月二四日付を以て、又原告と訴外太郎間に出生した三郎と右二郎との養子縁組の届出が同月二三日付を以てなされていること、原告を申立人とする婚姻無効、訴外三郎を申立人とする養子縁組無効の各調停申立がいずれも訴外甲野二郎を相手方として昭和二三年四月一九日名古屋家事審判所になされ、同年六月七日京都家事審判所に移送され併合の上調停に付され、同二四年三月一八日京都家庭裁判所に於て申立人花子(原告)と相手方甲野二郎とは離婚する。申立人三郎と相手方二郎との養子縁組の届出は無効とする等の内容の調停が成立したことは明かである。

二、そして≪証拠省略≫によれば、甲第七号証の婚姻届は原告により届出られたものでないが、代書にかかる訴外甲野二郎と原告の氏名には原告の実印と同訴外人の印が押捺されていることが認められるところ、当事者の一方或は第三者により婚姻の届出がなされた場合、婚姻が有効に成立するためには当事者の婚姻の意思が婚姻届作成当時存することが必要であるのみならず届出書提出当時も尚存することが必要と解せられる。そして≪証拠省略≫と前認定の訴外三郎と甲野二郎との養子縁組が調停により無効とせられた事実を綜合するときは、原告は訴外甲野二郎との再婚の話が持上つた際同人との再婚をなすべきか否か躊躇していたところ二郎方より甲野家のためとの強い懇望があり、結局同二二年四月二九日挙式し京都市右京区鳴滝の右二郎方で同棲することとなつたが性格の不一致から婚姻の意思を失い仲人の荻原勉に対し婚姻を継続する意思がないことを表明し、尚挙式後程なく三郎が入院したため同人に附添い同人が退院すると共に同人を伴い名古屋の実家に帰り以来二郎よりの懇請にも拘らず二郎方に帰ることを肯じなかつたこと、他方三郎入院中原告より預つた印鑑を使用し前記婚姻届が作成されたが右婚姻届の提出は原告が名古屋に帰つた後であつたことが認められる。

してみれば婚姻の届出がなされた当時既に原告に於て婚姻の意思がなかつたものと認めざるを得ず前記届出による婚姻は効力が無いと云わねばならない。

三、尤もその後京都家庭裁判所に於て離婚の調停が成立していることは前認定の通りである。しかしながら身分行為は身分行為の特質に基て当事者自身の意思が尊重されるべきであるところ、後に身分的効果意思と身分的生活事実が存在するに至れば無効な身分行為と雖も明示的黙示的に追認があつたものと認むべきであるが、本件にあつては原告が婚姻を継続する意思がないとして名古屋に帰つた後右調停に至る迄その意思を撤回し二郎方で同棲するに至つた事実は全く認められないのであるから、追認を認める余地なく調停離婚の成立は前記婚姻無効の効力に消長を及ぼすものではない。又婚姻意思がない以上之が存在を前提とする離婚意思なるものは認められずこの意味に於て調停離婚も亦効力がないと云わねばならないから原告の調停離婚無効確認の請求はその余の点を判断する迄もなく正当として認容すべきである。

四、尚離婚無効確認の訴は人事訴訟法には明文を以て規定していないが、かかる確認の訴も当事者の一方を相手方としてその死亡後は検察官を相手方として許されるものと解せられるところ、人事訴訟法第七条は訴の併合の要件として同一身分関係に関する同種事件の併合を許す法意と解するのが相当であるから本件婚姻無効と離婚無効確認を併合することは何等人事訴訟法第七条に牴触するものではない。

五、仍て原告の本訴請求は全て正当として之を認容し訴訟費用負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 松浦豊久)

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